放送内容
神奈川県立相模原高等学校の同窓会がお送りするラジオ番組「Go!Go! 県相」。シーズン10第2回の放送では、新型コロナウイルスの影響による一斉休校が続く中、インターネットを活用したオンラインホームルームや学習支援など、工夫を凝らして苦境に立ち向かう57期生の新入生や現役生へのエールを込め、好評を博した「シーズン9第1回」のゲストコーナーを再放送でお届けします。
スタジオには、昭和49年から長きにわたり体育科の教員として教壇に立ち、生徒たちから「赤パン親父」のニックネームで親しまれた斎藤誠二先生をお迎えしました。全ての始まりを知る名物教員として、魂をぶつけ合った授業の記憶や、今も固い絆で結ばれている部活動の歩みをたっぷりと語っていただきました。
1期生の教育実習から始まった歴史と、外周900mを並走した熱血授業
斎藤誠二先生と母校との縁は、昭和41年(1966年)にまで遡ります。当時大学3年生だった斎藤誠二先生は、まだ3年生しかいなかった創設期の県相へ、数学科の学生と共に大教育実習生の第1期生として赴任しました。国語の担当でもあった厳しい第2代校長の指導を受けながら、1期生の生徒たちと真剣に向き合った経験が、その後の教員人生の原点となりました。その後、別の学校を経て昭和49年に正式に教諭として着任。男子校出身だったことから「最初は女子の指導に少し苦手意識があった」とぶっちゃけつつも、持ち前の圧倒的な体力を活かした独自の指導を展開していきました。
斎藤誠二先生の体育の授業といえば、何よりも「走ること」が中心でした。約900mある学校の外周道路を、自ら先頭に立って生徒たちと一緒になって何度も何度も走り込みました。先生自らが並走するため生徒たちは一切怠けることができず、裏では必死に汗を流す過酷な時間でしたが、これによって多くの生徒がタフな体力と気力を養いました。当時の教え子の中には、後に本田技研工業(ホンダ)の社長となった12期生の八郷隆弘さんもおり、「彼もこの外周を何度も走らせた。あの泥臭い経験が、社会の第一線でブレずに頑張る根性の土台になっているはず」と、確固たる信念を明かしてくれました。なお、「赤パン」という愛称は、ハンドボール部の部員たちからチームカラーの赤いパンツをプレゼントされ、それを誇らしく毎回穿いて授業に臨んでいた微笑ましい日常がルーツでした。
命の壁を破った女子の快挙と、130人が集った創部50周年のハンドボール魂
斎藤誠二先生にとって、部活動の指導はまさに人生のライフワークでした。本来は長距離走が専門でしたが、校長からの強い要請もあり、未経験ながらハンドボール部の顧問(対外的には監督)に就任。勝負の世界で勝つためのシビアな戦術を熱心に研究し、グラウンドへと落とし込みました。当時は専用のコートが確保されており、夜遅くなるとサッカーコート側のナイター照明をハンドボールコートへ向けさせて暗闇の中で練習を継続。バケツにボールを詰め込んで、自らの理想とするプレーができるまでプラスアルファの居残り練習を課すなど、一切の妥協を許さない泥ドロの猛練習を重ねました。
当初は男子のみでしたが、地元の先生方からの熱い要望に応え、生徒の将来の体力作りのためにもなると一念発起して女子部も新設。これが後に大輪の華を咲かせます。15期から18期を中心とした女子チームは驚異的な強さを誇り、当時関東大会を9連覇していた絶対王者の強豪・命輪高校(※字幕ママ、正しくは明倫)を準決勝で見事に撃破。鹿児島インターハイ出場まであと一歩に迫る決勝戦で惜しくも整備高校(※字幕ママ、正しくは成美)に敗れたものの、男女ともに約10年間にわたり神奈川県ベスト4の常連であり続ける輝かしい黄金期を築きました。
先日、相模大野のホテルで開催されたハンドボール部創部50周年記念式典には、OB・OGら約130名が一堂に会しました。斎藤誠二先生は「厳しい練習に自分たちで考えて挑んだからこそ、嘘偽りのない本物の仲間になれた。この出会いを生涯大切にしてほしい」と最後の挨拶の言葉を振り返り、リクエスト曲として、お気に入りであるベートーヴェンのピアノソナタ『月光』の美しい旋律をスタジオに響かせました。
【同窓会コーナー】名簿発送代行の仕組みと、6月開催へ向けた定期総会のお知らせ
番組後半の同窓会コーナーでは、13期生のナツきさんから、卒業生同士の繋がりをサポートする事務局の新しい委託業務の仕組みが解説されました。
同窓会本部では、個人情報保護の観点や学校側からの要請に基づき、現在は卒業生に対して会員名簿の直接提供をおこなっていません。その代わりに、業務委託を結んでいる専門会社「株式会社同窓会事務局」にすべてのデータを安全に保管。クラス会や学年単位の同期会、部活動のOB・OG会を企画する幹事の皆さまが案内状の発送を希望される場合は、事務局が名簿を厳重に管理したまま発送業務をすべて代行してくれる便利なシステムが導入されています。
最後に大切なお知らせとして、当初5月17日に予定されていた「第42回定期総会」について、新型コロナウイルスの感染拡大状況を考慮して延期することが発表されました。変更後の新たな日程は、「2020年6月21日(日)午後4時」から、母校の会議室にて開催される予定です。各教室に掲げられた「冷節・審議・根性」の精神のもと、卒業生の皆さまから毎年お寄せいただく「活動維持費(1,000円以上)」の温かいご協力を呼びかけ、伝統ある学び舎をみんなで盛り上げていく誓いと共に番組を締めくくりました。
スタジオには、昭和49年から長きにわたり体育科の教員として教壇に立ち、生徒たちから「赤パン親父」のニックネームで親しまれた斎藤誠二先生をお迎えしました。全ての始まりを知る名物教員として、魂をぶつけ合った授業の記憶や、今も固い絆で結ばれている部活動の歩みをたっぷりと語っていただきました。
1期生の教育実習から始まった歴史と、外周900mを並走した熱血授業
斎藤誠二先生と母校との縁は、昭和41年(1966年)にまで遡ります。当時大学3年生だった斎藤誠二先生は、まだ3年生しかいなかった創設期の県相へ、数学科の学生と共に大教育実習生の第1期生として赴任しました。国語の担当でもあった厳しい第2代校長の指導を受けながら、1期生の生徒たちと真剣に向き合った経験が、その後の教員人生の原点となりました。その後、別の学校を経て昭和49年に正式に教諭として着任。男子校出身だったことから「最初は女子の指導に少し苦手意識があった」とぶっちゃけつつも、持ち前の圧倒的な体力を活かした独自の指導を展開していきました。
斎藤誠二先生の体育の授業といえば、何よりも「走ること」が中心でした。約900mある学校の外周道路を、自ら先頭に立って生徒たちと一緒になって何度も何度も走り込みました。先生自らが並走するため生徒たちは一切怠けることができず、裏では必死に汗を流す過酷な時間でしたが、これによって多くの生徒がタフな体力と気力を養いました。当時の教え子の中には、後に本田技研工業(ホンダ)の社長となった12期生の八郷隆弘さんもおり、「彼もこの外周を何度も走らせた。あの泥臭い経験が、社会の第一線でブレずに頑張る根性の土台になっているはず」と、確固たる信念を明かしてくれました。なお、「赤パン」という愛称は、ハンドボール部の部員たちからチームカラーの赤いパンツをプレゼントされ、それを誇らしく毎回穿いて授業に臨んでいた微笑ましい日常がルーツでした。
命の壁を破った女子の快挙と、130人が集った創部50周年のハンドボール魂
斎藤誠二先生にとって、部活動の指導はまさに人生のライフワークでした。本来は長距離走が専門でしたが、校長からの強い要請もあり、未経験ながらハンドボール部の顧問(対外的には監督)に就任。勝負の世界で勝つためのシビアな戦術を熱心に研究し、グラウンドへと落とし込みました。当時は専用のコートが確保されており、夜遅くなるとサッカーコート側のナイター照明をハンドボールコートへ向けさせて暗闇の中で練習を継続。バケツにボールを詰め込んで、自らの理想とするプレーができるまでプラスアルファの居残り練習を課すなど、一切の妥協を許さない泥ドロの猛練習を重ねました。
当初は男子のみでしたが、地元の先生方からの熱い要望に応え、生徒の将来の体力作りのためにもなると一念発起して女子部も新設。これが後に大輪の華を咲かせます。15期から18期を中心とした女子チームは驚異的な強さを誇り、当時関東大会を9連覇していた絶対王者の強豪・命輪高校(※字幕ママ、正しくは明倫)を準決勝で見事に撃破。鹿児島インターハイ出場まであと一歩に迫る決勝戦で惜しくも整備高校(※字幕ママ、正しくは成美)に敗れたものの、男女ともに約10年間にわたり神奈川県ベスト4の常連であり続ける輝かしい黄金期を築きました。
先日、相模大野のホテルで開催されたハンドボール部創部50周年記念式典には、OB・OGら約130名が一堂に会しました。斎藤誠二先生は「厳しい練習に自分たちで考えて挑んだからこそ、嘘偽りのない本物の仲間になれた。この出会いを生涯大切にしてほしい」と最後の挨拶の言葉を振り返り、リクエスト曲として、お気に入りであるベートーヴェンのピアノソナタ『月光』の美しい旋律をスタジオに響かせました。
【同窓会コーナー】名簿発送代行の仕組みと、6月開催へ向けた定期総会のお知らせ
番組後半の同窓会コーナーでは、13期生のナツきさんから、卒業生同士の繋がりをサポートする事務局の新しい委託業務の仕組みが解説されました。
同窓会本部では、個人情報保護の観点や学校側からの要請に基づき、現在は卒業生に対して会員名簿の直接提供をおこなっていません。その代わりに、業務委託を結んでいる専門会社「株式会社同窓会事務局」にすべてのデータを安全に保管。クラス会や学年単位の同期会、部活動のOB・OG会を企画する幹事の皆さまが案内状の発送を希望される場合は、事務局が名簿を厳重に管理したまま発送業務をすべて代行してくれる便利なシステムが導入されています。
最後に大切なお知らせとして、当初5月17日に予定されていた「第42回定期総会」について、新型コロナウイルスの感染拡大状況を考慮して延期することが発表されました。変更後の新たな日程は、「2020年6月21日(日)午後4時」から、母校の会議室にて開催される予定です。各教室に掲げられた「冷節・審議・根性」の精神のもと、卒業生の皆さまから毎年お寄せいただく「活動維持費(1,000円以上)」の温かいご協力を呼びかけ、伝統ある学び舎をみんなで盛り上げていく誓いと共に番組を締めくくりました。