シーズン12 第6回

【GOGO!県相】シーズン12「第6回」

放送内容

神奈川県立相模原高等学校の同窓会がお送りするラジオ番組「Go!Go! 県相」。シーズン12第6回の放送では、地域社会のリーダーとして最前線でタクトを振るう、偉大な5期生の大先輩をスタジオにお迎えしました。
今回のゲストは、昭和46年卒業で第5期生、現在は愛川町の町長として町政を率いている小野澤豊さんです 。普段は「小野澤町長」とお呼びする立場ですが、今回は同窓会の温かいアットホームな番組ということで、親しみを込めて「小野澤さん」としてお話を伺いました 。
理系クラスである「自組(女子8名、男子42名のほぼ男子クラス)」に在籍し、勉強に遊びにバンド活動にと全力で駆け抜けた高校時代の破天荒で愛おしい思い出話をたっぷりと振り返っていただきました 。
この記事では、番組内で盛り上がったエピソードをピックアップしてお届けします。
答えられないと辞書でパシン!?息を継ぐ間もなかった江口英語と消し魔の数学
今から50年以上前の県相は、近隣のトップ校である厚木高校を「追いつけ、追い越せ」と猛烈に追いかけていた非常に厳しくも活気のある時代でした 。その中でも、小野澤さんの記憶に最も強烈に焼き付いているのが、英語の江口先生のグラマー(文法)の授業です 。
江口先生は教室のドアを開けて入ってきた途端、廊下側の1番前の席の生徒から順番に「今から私が喋る日本語の言葉を、即座に英語に直せ!」と指名していきました 。そのスピードはまさに息を継ぐ間もないほどで、もし答えに詰まってモタモタしていると、先生が持っている非常に分厚い英語の辞書で、顔をパシンと叩かれる愛の鞭(!?)が飛んできました 。小野澤さん自身も「毎回のようにパシンとやられていたよ(笑)」と振り返りますが、当時は前の日の予習を死ぬ気でやっていかなければ授業を乗り切れなかったため、今となっては本気で英語に向き合わせてくれた先生の情熱に心から感謝しているそうです 。
もう一人の名物教員が、数学の関口先生です 。関口先生は、黒板にチョークで数式や文字を書き進めるそばから、もう片方の空いている手に持った黒板消しで、書いた先からどんどんどんどん文字を消し去っていってしまうという独特なスタイルの持ち主でした 。生徒たちが「先生、ノートに移すのが間に合いません!」とどれだけ直訴しても、先生は絶対にそのスピードを変えなかったそうです 。「あれは生徒の集中力を試していたのか、それとも先生の生きがいだったのか、未だに理解できない不思議な謎の授業だったね」と、スタジオの笑いを誘いました 。
汁が漏れて教科書が濡れたアルミの弁当箱と、だるまストーブで焼いたお餅の味
小野澤さんは、自然が豊かで人の情けが温かい大好きな地元・愛川町から、片道10km以上もある長い道のりを毎日自転車を漕いで県相まで通学していました 。当時はまだ現在のように密封性の高いお弁当箱やオシャレな保冷バッグなどは存在せず、お弁当といえばアルミの弁当箱を新聞紙でくるんでカバンに放り込むのが当たり前でした 。
そのため、自転車の激しい振動でカバンの中はお弁当箱が踊りまくり、学校に到着してお昼に蓋を開けると、ご飯とおかずが完全にひっくり返って混ざっていることは日常茶飯事 。時にはおかずの汁が外へ漏れ出してしまい、カバンの中の教科書やノートがうっすら濡れてシミになってしまうという、自転車通学ならではの苦労もありました 。
それでも、旺盛な食欲を持つ男子高校生たちにとって、お弁当は何よりの楽しみでした。お腹が空きすぎてお昼休みが待ちきれない小野澤さんたちは、お昼前の授業の合間に弁当を平らげる「早弁」の常連でもありました 。特に冬の寒い時期になると、教室の真ん中に設置されていた懐かしい「だるまストーブ」が大活躍します 。小野澤さんのお母さんが家でついたお餅をお弁当とは別に持たせてくれたため、授業の合間の休み時間になると、ストーブを囲む防護網の上にそのお餅を器用に並べ、仲間たちと香ばしく焼き上げては早弁として美味しく口に運んでいたという、温かくも楽しそうな昭和の県相ライフを明かしてくれました 。
当時はまだ学校の周辺に民家は少なく、手つかずの鬱蒼とした林が広がり、グラウンドも5年目の整備の途中でガタガタな部分も残っている発展途上のキャンパスでしたが、学校の帰りに毎日のように立ち寄って食べた「神屋さん」の焼きそばやかき氷の味は、今でも絶対に忘れることのできない青春の味として胸に残っています 。
15歳から現在まで続くドラムの響き!「手足がバラバラに動くから認知症予防に最高」
勉強や早弁の思い出だけでなく、小野澤さんには高校時代から現在に至るまで、人生の相棒として50年以上続けている大切な趣味があります 。それが「ドラム」の演奏です 。
音楽が大好きだった小野澤さんは、高校時代に仲間たちと初めてのバンドを結成し、数ある楽器の中から迷わずドラムを選びました 。大学時代にはあちこちの学園祭をバンドで回り、熱いステージを経験 。数ある楽器の中でなぜドラムだったのかを尋ねられると、「だって、手も足も右も左もすべて違う動きをして、全身をフルに使ってビートを刻むのが最高に気持ちいいじゃないですか」と爽やかに語ります 。
当時は現代のようにアンプや電子機材の性能が良くなかったため、ごまかしの利かない生音の勝負でしたが、「今の素晴らしいデジタル機材を当時の僕たちに与えてくれたら、もっともっと上手く聴かせられたのになぁ」と贅沢な笑みを浮かべる一幕も 。現在でもご自宅に最新の「電子ドラムセット」を設置しており、町長としての多忙な業務の合間を縫って、時折スティックを握って激しいビートを叩き、心身のリフレッシュを図っています 。「右脳も左脳も同時に使うから、身も心も綺麗な年寄りになるための認知症予防にはこれ以上ない最高の趣味ですよ!」と、これからの充実したセカンドライフへ向けた熱いエールを同期の仲間たちへ届けてくださいました 。
小野澤さんのリクエスト曲には、高校時代のバンドの原点であり、自身のドラム人生のバックボーンとも言えるビートルズの名曲「ゲットバック(Get Back)」が響き渡りました 。
【同窓会コーナー】33期・南篤史の「初コロナ感染記」と、1週間授業が消えた文化祭シーズン
番組後半の同窓会コーナーは、29期生のソや公平さんと33期生の南篤史さんが担当し、新学期を迎えた9月のトピックをお届けしました。
南さんは冒頭、この夏に流行したコロナウイルスに「人生で初めて感染してしまった」という壮絶なサバイバル体験を告白 。喉の異変を夏風邪だと信じ込もうとしたものの、高原検査キットの液を垂らした瞬間に説明書の15分を待つまでもなく、速攻で2本の陽性ラインが鮮やかに浮かび上がり即確定 。ワクチンを2回接種していたものの、3日間にわたって40度近い猛烈な高熱にうなされ、平熱に戻るまで丸8日間を要したリアルな闘病記を振り返りつつ、健康のありがたみをしみじみと語りました 。
また、9月に入り新学期を迎えた現役生たちに思いを馳せ、南さんが県相に入学して最も衝撃を受けたという「9月の文化祭(相翼祭)シーズン」の思い出で盛り上がりました 。南さんたちの在学当時は、秋に文化祭と体育祭の双方が一気に開催されていたため、9月の始業式が終わった翌日から、なんと約2週間近くにわたって通常の授業がすべてストップ 。「散々夏休みでたっぷり休んだはずなのに、学校が始まった途端にまた1週間以上も合法的に授業がなくなるなんて、なんて素晴らしい学校なんだ!」と、毎日の事前情報がなかった南さんは狂喜乱舞したそうです 。
クラスで挑戦する演劇や出し物のため、朝から晩まで教室に立てこもり、近所へダンボールを大量に集めに行ったり、ビール箱を借りに行ってステージのセットを組み立てたりしたあの爆発的な熱量は、今でも鮮明な記憶です 。現代の若い卒業生(20代半ば)のスマートフォンを見せてもらうと、当時の何気ない放課後の教室の準備風景や笑顔の写真が日常のデータとして大量に残っているのを目にし、使い捨てカメラを修学旅行などの特別な日にしか持っていけなかったOB世代としては、「日常が綺麗に残っていて本当に羨ましいなぁ」と、時代の変化に目を細めていました 。
【同窓会事務局からのお願い】
同窓会では、卒業生たちの温かい繋がりを再起動させるため、クラス会、学年単位での同期会、部活動のOB・OG会を開催される幹事の皆さまに、通信費の開催支援として「1人当たり200円の補助金」を支給しています 。詳しい申請方法や、ゴルフコンペなど新しい同窓会の形への活用についても、同窓会の公式ホームページに分かりやすく掲載されていますので、ぜひチェックしてみてください 。
また、12月1日の発送に向けて、役員一同が各地を飛び回って取材を重ねたフルカラーの「同窓会報」の編集作業がいよいよ大詰めを迎えています 。引っ越し等で住所や氏名、連絡先が変わった方は、せっかくの思い出が詰まった会報が宛先不明で本部に返送されてしまわないよう、同窓会ホームページの「住所変更フォーム」からお早めの登録更新をお願いいたします 。