放送内容
神奈川県立相模原高等学校の同窓会がお送りするラジオ番組「Go!Go! 県相」 。今回は、受験シーズンを迎えた現役生へのエールと共に、母校の歴史の一歩目を踏み出した伝説の「一期生」をお迎えしました 。
ゲストは、昭和39年(1964年)の創立と同時に県相へ入学し、現在は相模原市緑区根小屋で養鶏と伝統の野菜農業を営まれている72歳の石井好一さんです 。全ての県相生の原点として、古い校舎が建てられていく瞬間のリアルな記憶をたっぷりと語っていただきました 。
1学年だけの校舎と、窓の外でコンクリを運ぶ音の中で受けた授業
昭和39年の開校当時、県相にはまだ1つの学年しか存在せず、校舎も現在の敷地の真ん中にある建物が1棟だけようやく間に合ったという非常にギリギリの状態でした 。一時は他校の校舎を借りる「間借り」でのスタートも噂されていましたが、初代校長と県が粘り強く交渉を重ねた結果、独自の学び舎での開校へと漕ぎ着けたのです 。
石井さんたち一期生が過ごした3年間は、常に校舎の増築工事と共にありました 。授業中も窓の外では作業員たちが足場を組み、重機がない時代だったため手押し車で必死にコンクリートを運ぶ姿が日常的に見えていました 。「カンカン、バリバリ」と鳴り響く工事の爆音をBGMにしながら必死にノートを取り、机に向かっていたという、創設期ならではのエネルギッシュな風景をぶっちゃけてくれました 。生徒と先生が一丸となって新しい伝統を創造していった当時の空気は、まさに県相魂の原点そのものでした 。
バブルの苦境から生協の信頼へ、そして宇宙へと飛び立った「大豆」の軌跡
大学を卒業後、石井さんは地元に戻って家業である養鶏業の道を歩み始めました 。仕事に追われる中、バブル崩壊期に大手の取引先が倒産するという最大の危機に直面します 。しかし、石井さんは経営を必死に立て直し、その誠実な姿勢が認められたことで、大手生協(コープ)との直接取引という強固な信頼関係をゼロから築き上げました 。その後、地元の誇りである幻の「津久井在来大豆」の栽培グループを4人の仲間と立ち上げます 。「最初から消費者(お客さん)を巻き込んで味噌作り体験の仕組みを作ったから、良い意味で辞められない歯止めができた」と、長く継続させるためのユニークな経営の工夫を明かしてくれました 。
この大豆を巡る物語は、やがて地球を飛び出して宇宙へと繋がります 。平成23年(2011年)、JAXAの教育プロジェクトと縁があった石井さんは大豆を提供し、ロケットに乗って無事に国際宇宙ステーションへと到達しました 。しかし、地球への帰還時に、運悪くルートのどこかで大豆が行方不明になる前代未聞のトラブルに見舞われます 。普通ならここで諦めるところですが、石井さんたちの熱意に応えてJAXAが動き、なんと費用向こう持ちでもう一度ロケットを打ち上げてくれることに 。スペースシャトルで宇宙飛行士の山崎直子さんと共に今度こそ地球へ無事に戻ってきたという、奇跡のような宇宙大豆の裏話をさらけ出し、「失敗しなきゃ前に進めない。失恋と同じで、失敗から学ぶことの方が遥かに大きいんだよ」と、タフな笑顔で力強い教訓を語ってくださいました 。
【同窓会コーナー】冬に仕込む「高級な味噌」と、東大合格の54期生が教える目標の立て方
番組後半の同窓会コーナーでは、33期の南篤史さんと28期の寺田ひろみさんが登場し、1月に開催された「津久井在来大豆の味噌作り体験」の見学リポートを報告しました 。
極寒の空気の中、屋外の大鍋で何時間も大豆をじっくりと煮込み、麹と塩だけで仕込む無添加のお味噌はまさに絶品 。大豆と麹の割合が「1対1」という非常に贅沢な高級仕様で、自宅で大切に保管され、冬を越して今年の9月頃に食べ頃を迎える予定です 。
また、受験シーズン本番を迎えた中学生に向けて、昨年の春に県相から東京大学の理科二類に見事現役合格を果たした54期生の貴重なアドバイスを紹介 。「志望校に迷っているなら、模試でも絶対に目標は高めに書いた方がいい。結果を見て『意外と絶対無理ではない』と分かれば、そこに向かって本気で努力する覚悟が決まるから」という、何事にも通じる県相生のまっすぐなフロンティア精神を絶賛してコーナーを締めくくりました 。
【同窓会事務局からのお願い】
住所や氏名、連絡先が変更になった方は、大切な同窓会新聞を確実にお手元へお届けするため、同窓会ホームページ内の「住所変更フォーム」よりお早めにお知らせください 。
また、同窓会新聞に同封されている赤色の振込用紙からは、現役生たちの部活動やホームページの運営、本番組の維持にかかる「活動維持費(1,000円以上)」の納入を受け付けています 。卒業生の皆さまの温かいお気持ちが、後輩たちの未来を支える大きな力となりますので、ぜひご理解とご協力をよろしくお願いいたします 。
ゲストは、昭和39年(1964年)の創立と同時に県相へ入学し、現在は相模原市緑区根小屋で養鶏と伝統の野菜農業を営まれている72歳の石井好一さんです 。全ての県相生の原点として、古い校舎が建てられていく瞬間のリアルな記憶をたっぷりと語っていただきました 。
1学年だけの校舎と、窓の外でコンクリを運ぶ音の中で受けた授業
昭和39年の開校当時、県相にはまだ1つの学年しか存在せず、校舎も現在の敷地の真ん中にある建物が1棟だけようやく間に合ったという非常にギリギリの状態でした 。一時は他校の校舎を借りる「間借り」でのスタートも噂されていましたが、初代校長と県が粘り強く交渉を重ねた結果、独自の学び舎での開校へと漕ぎ着けたのです 。
石井さんたち一期生が過ごした3年間は、常に校舎の増築工事と共にありました 。授業中も窓の外では作業員たちが足場を組み、重機がない時代だったため手押し車で必死にコンクリートを運ぶ姿が日常的に見えていました 。「カンカン、バリバリ」と鳴り響く工事の爆音をBGMにしながら必死にノートを取り、机に向かっていたという、創設期ならではのエネルギッシュな風景をぶっちゃけてくれました 。生徒と先生が一丸となって新しい伝統を創造していった当時の空気は、まさに県相魂の原点そのものでした 。
バブルの苦境から生協の信頼へ、そして宇宙へと飛び立った「大豆」の軌跡
大学を卒業後、石井さんは地元に戻って家業である養鶏業の道を歩み始めました 。仕事に追われる中、バブル崩壊期に大手の取引先が倒産するという最大の危機に直面します 。しかし、石井さんは経営を必死に立て直し、その誠実な姿勢が認められたことで、大手生協(コープ)との直接取引という強固な信頼関係をゼロから築き上げました 。その後、地元の誇りである幻の「津久井在来大豆」の栽培グループを4人の仲間と立ち上げます 。「最初から消費者(お客さん)を巻き込んで味噌作り体験の仕組みを作ったから、良い意味で辞められない歯止めができた」と、長く継続させるためのユニークな経営の工夫を明かしてくれました 。
この大豆を巡る物語は、やがて地球を飛び出して宇宙へと繋がります 。平成23年(2011年)、JAXAの教育プロジェクトと縁があった石井さんは大豆を提供し、ロケットに乗って無事に国際宇宙ステーションへと到達しました 。しかし、地球への帰還時に、運悪くルートのどこかで大豆が行方不明になる前代未聞のトラブルに見舞われます 。普通ならここで諦めるところですが、石井さんたちの熱意に応えてJAXAが動き、なんと費用向こう持ちでもう一度ロケットを打ち上げてくれることに 。スペースシャトルで宇宙飛行士の山崎直子さんと共に今度こそ地球へ無事に戻ってきたという、奇跡のような宇宙大豆の裏話をさらけ出し、「失敗しなきゃ前に進めない。失恋と同じで、失敗から学ぶことの方が遥かに大きいんだよ」と、タフな笑顔で力強い教訓を語ってくださいました 。
【同窓会コーナー】冬に仕込む「高級な味噌」と、東大合格の54期生が教える目標の立て方
番組後半の同窓会コーナーでは、33期の南篤史さんと28期の寺田ひろみさんが登場し、1月に開催された「津久井在来大豆の味噌作り体験」の見学リポートを報告しました 。
極寒の空気の中、屋外の大鍋で何時間も大豆をじっくりと煮込み、麹と塩だけで仕込む無添加のお味噌はまさに絶品 。大豆と麹の割合が「1対1」という非常に贅沢な高級仕様で、自宅で大切に保管され、冬を越して今年の9月頃に食べ頃を迎える予定です 。
また、受験シーズン本番を迎えた中学生に向けて、昨年の春に県相から東京大学の理科二類に見事現役合格を果たした54期生の貴重なアドバイスを紹介 。「志望校に迷っているなら、模試でも絶対に目標は高めに書いた方がいい。結果を見て『意外と絶対無理ではない』と分かれば、そこに向かって本気で努力する覚悟が決まるから」という、何事にも通じる県相生のまっすぐなフロンティア精神を絶賛してコーナーを締めくくりました 。
【同窓会事務局からのお願い】
住所や氏名、連絡先が変更になった方は、大切な同窓会新聞を確実にお手元へお届けするため、同窓会ホームページ内の「住所変更フォーム」よりお早めにお知らせください 。
また、同窓会新聞に同封されている赤色の振込用紙からは、現役生たちの部活動やホームページの運営、本番組の維持にかかる「活動維持費(1,000円以上)」の納入を受け付けています 。卒業生の皆さまの温かいお気持ちが、後輩たちの未来を支える大きな力となりますので、ぜひご理解とご協力をよろしくお願いいたします 。